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しなちょうメルクマール

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ここは【シナトラ千代子】の餌場(略してオレオレ断片部)。
わかりにくかったり説明不足だったりするので注意。
バナーの熊はmorguefile.comから。上の[log]からarchiveへ。そして昼ご飯へ。

071023 【ベアハグハグ】と【秘芸ちょう】のログを統合。

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20110820Sat

[]ものすごくざっくりしたことを言うと、文章うまくなりたいひとはネットに書かないほうがいい(Twitterのつづき) ものすごくざっくりしたことを言うと、文章うまくなりたいひとはネットに書かないほうがいい(Twitterのつづき) - しなちょうメルクマール を含むブックマーク はてなブックマーク - ものすごくざっくりしたことを言うと、文章うまくなりたいひとはネットに書かないほうがいい(Twitterのつづき) - しなちょうメルクマール

はてな記法Twitterのツイートを並べるの、あったっけ?

あったらここにログを入れとく(あとで探す)。↓入れた。


で、最後の問題

「上がり」の感覚っていうのはつまり、ネットに上げてしまうことで「あー終わったな」という感じになってしまう、その「終わった」感じのこと。

ネットに上げる前にすでに他人(あるいは自分)の批判にさらされた上で作品として満足いくまで仕上げているのならともかく、そうでない場合、ほんとうはそこからが「仕上げ」の段階なのだけれど、いったんネットに置くともうそれ以上あまり手をつける気にはならない。

blogの記事、あとでちょこちょこ直すひとってあんまりいないよね? 誤字脱字だけじゃなくて、ひとつのエントリに加筆とかどんどんしていくひと、あまりいない。

ほんとは字数や時間の制限がないんだから、どんどん加筆していったっていいのに、あまりやらない。なんでだろう。


それはたぶん、ネットっていうのは「ずーっと置いておける場所」であるとともに「またたく間に消費される場所」なので、自分のテキストでさえ、すこし経つと「すでに消費されたもの」として見なしてしまうからではないか。

これは変な言い方だけど、ネットにテキストを上げることで「自分で自分のテキストを消費した」と言えるのかもしれない。


「途中の状態、完成形じゃなくてもいいからどんどんネットに上げて評価を聞いて……」みたいなのがWeb2.0(笑)みたいなネットのスタイルかもしれないけど、そういうのがうまくいくところ、ほとんど見たことないんだよなぁ(仕事がらみとかならまた別だろうけど)。


で、あるまとまったテキストをネットに上げる、そういう行為によってそのテキストに終止符を打つよりは、もうすこし見直したり、手を加えたり、あるいは見限ったり、ということをしていったほうがいいんじゃないか。テキストにつき合う、というのはそのあたりが重要なのではないか。

もちろん見限る手段としてネットに上げる、という手もある。なので、ネットに上げること自体は否定しないけれど、それを目標にはしないほうがいいという気がする。


まとめ

いや、3つ並べるとたいした理由ではないなとも思うんだけど、一番大事なのでひとつめの問題で、そういうところでまじめに付き合ってくれる友だちなり自分なりがいないと、つまり「よい読み手」がいないと文章ってうまくならないよと。

そしてそれをネットに求めるのは、現実にはなかなかむずかしいのではないか、ということ。

さらに、ネットを目的にはしないほうがいいんじゃね、ということ。

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