ダラ書き。
「傾斜」という言葉が思い浮かんだ。
→もうコメント欄を承認制にしますよ。みなさんもそうしたほうがいいですよ。: 極東ブログ
あーでもやはりあれが「ネットの問題」と判断できないにしても、「ネット以外から波及した先でのネットの問題」というのはあるよなぁと。彼女たちにとってのネットという「場所の重さ」とかどうなんだろう。おれにはわからない。そこらへんを考えるときはやはりネット固有の問題があるかもしれないんだよなあ。アジール的な意味で。
んで、この問題というか話題は弁当翁固有の経歴/問題から伸びてきている話なので、翁がそういうふうに解釈/判断するというところそのものが要点で、あんまり他のひとが一般化した話に持っていって妥当性を探ってもアレなのかもしれない。
このあたりの「固有の問題から伸びてきている話」だろうという感覚が、おれのなかに「傾斜」と思わせたんだろうな。
と思って図にした。
左の●と波紋が自殺した女子高生の話題(の引力)。で、矢印が翁のブロガーとしての進行方向。破線が「いわゆるブロガーとしての進み方」。ダンコーガイ氏とかの。
こういうふうな傾斜が発生する場面というのはよくあることだけれど、技術的なフォローというのはもちろんアリだと思うし(kagamiさんの場合とか)、まぁなんか他のフォローが必要かというとそういうものでもない。だから論評抜きでそのまんま受けとるのが一番いい気がするんだけど、ブロガーてえのはなにか一言言わねえと気がすまねえぜ! ときてるわけで……自分も含めて。
まーなんというか、ロケットランチャーを持ってればつい撃ちたくなるようなものかもしれない、ブロガー脳っていうのは(むしろFPS脳)。
そこで安全装置つきのピストルもありますよ、みたいな話をしなかった的な責任感、というのは(翁には)あったのかもなあ。そしてそういう感覚持ってるひとはわりと少ないんだろうし、そういう感覚からくるプレッシャーというのもあるのかもしれない。
ついでにおれのことを言えば、おれにはブログ界隈というのがどうも捉えにくくなってるんだよなあ……
これ
→「ブログの寿命が尽きそうだ……」と思ったら - シナトラ千代子
に書いてたような状況が一段と進んだってことか。
こうなると、「ブログ」っていう空気そのものが薄くなってきて、波及とか影響とかではなく、もっと短い接続(小さいコミュニティ)みたいなものが重要になってくるんだろうなあ……と思うので、なんか「ブログとは」的なことが書きにくくなってる。
北海道に流れてくる流氷って
粒の小さい浮氷→シャーベット状の氷が海面を覆う→細かな氷→でかい一枚氷に→割れた氷塊
って変化していくんだけど、今のネットはこれを逆にしてる感じ。
さらについでを書くと、はてブはそのあたりでハブ的なサイトになり得たのに……とは思う。はてブとminiブログ(+SNS)みたいなのを融合することはできたと思うんだよなー。そのなかでブコメを内包していくみたいな方向ってあったんじゃないかなあ。
はてブに必要なのはメディアになることより、より広い範囲での「話題のハブ」になることじゃないんだろうか。