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しなちょうメルクマール

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ここは【シナトラ千代子】の餌場(略してオレオレ断片部)。
わかりにくかったり説明不足だったりするので注意。
バナーの熊はmorguefile.comから。上の[log]からarchiveへ。そして昼ご飯へ。

071023 【ベアハグハグ】と【秘芸ちょう】のログを統合。

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20071121Wed

[]テキスト巧者について 19:09 テキスト巧者について - しなちょうメルクマール を含むブックマーク はてなブックマーク - テキスト巧者について - しなちょうメルクマール

ここまでの関連エントリ。

叫びと尾ひれ - しなちょうメルクマール - 熊手部


それぞれ正しいとか正しくないとかは関係ないレイヤーでモノ言ってるときに、そこにそれぞれの発言が「正しい」「正しくない」とかどうすべきだとか矛盾してるとか倫理とか持ち出してもすべてスカスカと素通りするだけ。だってそんなの関係ないところに立ってモノ言ってるんだから。

「この寿司まずい!」とかわめいてるひとに「いやホラ、店のなかでそれ言わなくても……」とか指摘するのはそれ自体間違ってはいないけれど、「寿司まずい」という本人の感覚(叫び)への応答には全然ならない。もちろん間違っていないから言うぶんにはいいけど、レイヤー違いだよねとは思う*1


これがエスカレートして寿司食って血を吐いてるひとに「ちょっと……そういうのは店の外でやってくれないかな」とか言うのもあまり意味はない。といって同じレイヤーで「いやここの寿司うまいよ。じつはオレね……」と自分語りしたからといってなんらかの意味があるかというと、違うレイヤーであれこれ言うよりはマシかなというぐらいかもしれない。よくわからない。

いずれにせよネットの言論が違うレイヤーでひとつの議論として成立したとしても、それは本人の叫びとはべつの話になる。もともとそれは届かないものであって、顔つきあわすわけでもないネットであればなおのこと。もし議論するならばもっと分離して普遍的なほうに持っていくしか有益な話にはならない。

しかもこのレイヤーで議論するというよりは、もう一枚べつのレイヤー、つまり対立軸での話にもっていこうというひとたちもいて、そういう話の拡がりはなんだかアレだなあ感がある。その拡がり方はやはり全然別のものを(書き手たちに)伝えるだけだろうし。


そういう意味で、自分語りに自分語りで返した一条さんは至極まっとうだったんだけど、べつにそれは正しいという意味ではない。一条さんが正論語るわけがない。語るなら性論に決まっとる


こっから本題

あとおれはこの件で興味があるのは、個人史のひと(idiotapeさん)、はしごたん、一条さん、それぞれがみんな「テキスト巧者」だということ。それぞれなにかしらインパクトのある文章(長文)を書くひとたちだし、それなりの文章力持ってるわけで、そういうひとたちが書いたテキストの、つまり叫びの部分とは異なる、またべつのレイヤー、つまりそういった叫びを「テキストとして巧く書いてしまう」部分。あるいは「巧く書かせてしまう叫び」の部分。

そこらへんがなんだかテキストジャンキーなおれのアンテナにびりびりくるのだった。

*1:女の子が愚痴を言ってるときに議論で返すような……というたとえも思いついた。

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